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《頸椎椎間板ヘルニアや筋筋膜性疼痛症候群と診断されたり、後骨間神経麻痺(橈骨神経麻痺)という疾患に苦しめられるあれこれを書いてます。左脇のカテゴリー「右腕の激痛と神経麻痺」をクリックすると古いもの順に出てきます》

4393713281サーノ博士のヒーリング・バックペイン―腰痛・肩こりの原因と治療
ジョン・E. サーノ 長谷川淳史
春秋社 1999-04-20

by G-Tools


4393713532心はなぜ腰痛を選ぶのか―サーノ博士の心身症治療プログラム
ジョン E.サーノ 浅田 仁子 長谷川 淳史
春秋社 2003-10-20

by G-Tools


ということで、「まさか読んだだけで治るなんてはずはない」と頭で否定しつつも、それでも期待してしまうワラをもつかむ私。
とにかくどんなトンデモなことが書いてあってもプラセーボ効果のために信じ込む!

…………とがんばったけど、根本の理論とか、あと現代の主流の医学界への批判とかうまいところがあるのに、饒舌にしゃべりすぎちゃって、その枝のところがおかしなところたくさんあるし、それらのせいで、根本の理論も怪しく思えてしまうのだよねー。なんかすべてにおいて都合がいいし。

サーノ博士の一番主張してることはこう!
「痛みは無害、何も心配するな」。
ふーむ、まぁけっこうこれだけでもありがたい力強いお言葉。

そしてだいたいこんなことを言っていた。

1、 痛みのメカニズム

緊張すると下痢したり、ストレスで胃潰瘍になったり、または笑うと免疫力がアップする、などと心の変化が健康に影響を及ぼす、というのは、もう現代社会ではおなじみなこと。
ならば腰痛などの筋肉や神経などの痛みも、心が関係していてもおかしくないのではないか、とサーノ博士は考えた。
たとえばある人らの論文に、繊維筋痛症の人や、また肩に痛みを訴える人の痛い部位のところの酸素量を測ったら少なかった、とあった。
「痛いところは酸素不足」ということは血流が悪い。血流が悪いというのは自律神経が異常に活性化してしまってるから。で、そのように自律神経を乱した原因を、博士は負の感情=不安や怒りや劣等感と睨む。

その負の感情の中でも主犯格をとくに「怒り」だとした。
それも自分がちゃんと頭の中で認識できる怒りではなく、心の奥底、潜在意識に隠してしまった、決して向き合いたくない恐ろしいほどの憤怒だ、と。

サーノ博士がまだその理論を構築する前に、ある人に「片頭痛は抑圧された怒りが原因だそうだよ」と聞いて、頭痛持ちのサーノ博士は自分に片頭痛の前駆症状が起きたとき、その言葉を深く噛みしめ、自分の抑圧された怒りってなんだろう、って考えた。そしたら、前駆症状だけで、片頭痛は起きなかった。しかもそれ以降、一度も起きなくなったんだって。
ただ怒りってなんだろうって考えただけで。
そういうことからもどんどん理論が形作られる。

なぜ怒りがあると、痛むのか。それは脳が怒りから目を背けさせようと、それに気づかせちゃいけない、向き合わせちゃいけないと配慮してくれるからだ。
「あんな苦しい、人に知られたくない醜い怒りよりも痛みのほうがマシ! 
痛みがあると、そっちにしか目が行かなくなり、怒りは隠されたままですむ」と。
すべては脳の戦略なのだ。

「いやいや、何言ってんの! 怒りに目を向けるほうがマシに決まってんでしょう。痛みほどつらいものはないんだから!」というツッコミが入るのは先刻承知で、ちゃんと答えも用意している。
「痛みを起こす脳の無意識領域は原始的であり、非論理的、非理性的だから、そんなことをやらかす」のだそう。

で、実際痛みをなくす方法はといえば……
別にその「怒り」は抑圧されて、私らの認識できるとこまでは上がってくれないから、知る必要もなく、ただ、抑圧された「怒りの存在に気づけばいい」だけだって。
認識こそが治療への大きな1歩なんだって。

それで、なんで「自分は底知れぬ憤怒を抱えてる」ことを認識するだけでいいのかというと、脳が自分の戦略を看破されたことで「くそう、せっかくの俺の作戦、見破られた」と降参し、悪さ〈ある箇所を酸素不足にして痛みを出す〉をやめるからなんだって。
(もう脳〈潜在意識?〉が別の生き物に見える書き方なんだよねー)

自分の脳に向かって話しかけるのも良い、とか。
「お前(脳)が何を起こしてるかわかってる。お前の脅しには乗らない」
「血流量を増やせよ、脳」と言ったりね。
〈……。すっかり忘れてたけど、わらにもすがる気持ちで2,3日やってたな、私〉

この理論で治療プログラムを作り、実際、ただこういうことを人々に話したりディスカッションしたりしたことで、何万人だかが治ったそうです。

この潜在意識の怒りが生じさせた痛みの症状をサーノ博士はTMS〈緊張性筋炎症候群〉と名付けてます。
ほとんどの腰痛、首痛――腰椎&頸椎の椎間板ヘルニアと言われてるもの、坐骨神経痛などの神経痛も、テニス肘などの腱の痛みも、四十肩などの関節の痛みも、胸郭出口症候群とか、そのほかまだまだあるよ、整形外科が扱うような痛みモノはぜんぶTMSなんだそうです。とくに神経はちょっとの酸素不足を過敏に感じて、すごい痛みになるって。痛みの王さま、繊維筋痛症もTMSだそうです。

要するにそれら痛みは「『心』から来てる病気。心身症なのだ」そうです。


2、 現代の主流医学への批判

加茂先生も言ってたけど、椎間板ヘルニアは痛みを産むものではないっていうのは本当のようですよ〈加茂先生は前にもちょっと書きましたが、筋筋膜性疼痛症候群という病気を世間に広く知らしめようとしてる方。加茂先生曰く、その筋筋膜性疼痛症候群とサーノ博士のTMSは同じものだそうです〉。

この本らには、たとえば、「ある研究グループが『腰痛知らず』の98人の腰のMRIを撮ったらば、64人に椎間板の異常があった」などの例がいくつか挙げられてる。
痛みの主因とされる、椎間板ヘルニアとか骨棘〈骨の先がトゲのようになる〉というのはただの老化現象で、わりとみんな「何の自覚もなく」なっているのだった。
それなのに、画像上で、たまたまそういう老化現象を見つけたからって、鬼の首取ったかのごとくそれを痛みの犯人にするのはおかしい、とサーノ博士は言うのだ。〈ここら辺、本当、その通り!って思います〉
それで、医者は患者に「こんな風に腰がガタガタだから」とか「またいつなるかわからない」と先々を暗くさせるようなことを言ったり、「あなたは〇〇だから、もうサッカーなどは避けたほうがいい」と制限するなどして、脅す。それによって、患者は恐怖が膨らみ、痛みに絡め取られていく。
こういうのをノーシーボ効果というそうだ〈プラセーボ効果とは逆に、暗示で病気になること。この本で初めて知った言葉〉。
サーノ博士はそんな医者の適当な言葉にはかまわず、ぜんぜん前と同じように身体を動かせばいいという。

感想
などなどを読んで、まず「怒り」はともかく、ネガティブな感情が病気を引き起こすって考えは、とても理解できる。「病は気から」はまさに至言だもんね。でも「怒り」っていうのは、あんまり納得いかない。
自分なんかはほんとうに怒りっぽい人間で、私の感情の80パーセントは怒り成分でできていると自覚してるくらいで(怒りっぽいということは、要するに自己中心的なんですよねー)。
でも、大人なので、いちいちその場やその人物に、怒りを表したりはしないけど、必ず、怒りは溜めず、誰かしらに愚痴ったり、憂さ晴らしをしている。
こんなに怒りを表出してるのにまだ潜在意識に「眠れる怒り」があるとしたら、どれほど怒った人間なんだろう。しかも「潜在意識にある怒り」っていう概念がわからん。もう「生まれてきたこと」みたいな原罪に行くしかないレベル。
でもキリスト教において、憤怒は大罪の一つであるし、また社交辞令大国アメリカはそういうことからも来てるのか、怒りを表したり、声を荒げたりすることをすごく醜いと思って自制してるように思えるので(私がたった1年アメリカで暮らして思ったことで、私見です)、サーノ博士がそこに目が行ったのはなんかわかる気がした。でも日本人にはやっぱり『不安』とか『恐怖』がピンとくる。

で、冒頭でも言ったけど、まだそこら辺の根本の理論はいいのだ。
やっぱり研究者って、いろんな論文からの証拠を自説にいいように使ってしまって、それが目についてしまう。「痛いところが酸素不足」というのの根拠にたった1論文しか使ってないけど、シロウトとしては、もっと同じような論文ないの?とか、もしくは、本当に酸素が少ないのか、博士自身調べればいいのに、と思ってしまう。
(それにくらべて、「何の自覚症状もない人たちも、MRIを撮ったら椎間板ヘルニアになってる人がたくさんいる」に関しては論文〈実施数〉が多いので、信頼できる気がする)

こんなのもまだいい。たとえば、最近、胃潰瘍の患者が減ってきたのは、「いい薬ができたから」と、ある箇所では言ってるのに、別のところでは、「胃潰瘍の原因はストレスだということが社会に認知され広く浸透したから、脳が『この手は使えない』と撤退したからじゃないか」などと言っていて、なにかもう、すべてをそこにあてはめるのだ。
そして、(一応まだ仮説の段階らしいけど)これらもTMSなのではないか、と思われるものを挙げていくんだが、花粉症やら猫アレルギーなど、けっこうあらゆるものをあてはめるのだ。博士も「あくまでも仮説段階で言ってる」ってことなのだから、本に載せずに心に留めてくれればいいのに。これでアヤしさ倍増だよ。

また腰痛の原因はよく「人類は二足歩行をすることで構造上、腰に負担がかかっている。腰痛は宿命なのだ」といわれるが、それを「人類は何十万年だか、何万年だかかけて進化してるのだ。それで今もって構造上、腰に負担がかかってるとか、そんなことあるか」とサーノ博士はいい、それはうなづける。でも、一方では「脳(というか無意識)は原始的だから、非論理的なことをする」などという。「チューンナップされた人間のからだ」といったり「まだまだ発展途上である無意識」など、都合よく「進化」「まだまだ原始的」を使うのも、何だかなー、と思う。

と、こんなもんじゃなく、本当にすごく全編、いちいち細かくつっこめる本ではあって、もうそれを挙げるのも意味のないことだからやめるが(っていうか、私のように「心」で読まない野暮な人間は、この本には不向きなんだろうなー)、こんなさんざん言ったあとでなんだが、なんだかんだいろいろ影響受けた。

まず、首につけてたコルセット(カラー)を外して、バンバン、首を動かすようになった。ヘルニアが脊髄まで食い込むと確かに四肢の麻痺などは起きて、それは手術とかが必要かもしれないけど、痛みをこんなに何日も起こす犯人はヘルニアではない、という博士の言葉は信じられるもの。

それから、この「ヘルニアを持ってるのに、何も症状を起こさない人もいる」っていうのは、いろんなことに当てはまる気がする。
たとえば、私は大腸がん検査のとき、既存病を書かされたのだが、そこに「便秘」と「脾臓破裂→摘出」と書いた。
するとその検査をしてくれたお医者さんは、私は「腸が普通の人より、すごーく長く」かつ「脾臓の手術したときのせいで、だいぶ癒着がみられる」から、それが原因で便秘なのだろう、と教えてくれた。それ以来、「私の便秘は構造上のこと」と信じていたのだが、もしかすると、腸が長くても癒着してても便秘じゃない人はいるだろうな、などと思った。
また更に飛躍して、ガンの人も、たまたま病院で見つかったから「ガン」となったが、一生ガンと気づかずに、症状も出ないで長生きして死ぬ人もいるんじゃないか、などという考えも浮かんだ。


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【2012/09/02 23:10】 | 右腕の激痛と神経麻痺
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